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催眠術師から見た竹取物語(かぐや姫)

かぐや姫に隠された暗示構造と「才能は回収される」という無意識の刷り込み。

 

かぐや姫は、日本最古級の物語でありながら、今なお多くの人に語り継がれています。
美しい。
儚い。
切ない。
その印象は強く、
多くの場合「悲恋の物語」「月に帰る運命の姫」として受け取られています。
しかし、催眠術師の視点でこの物語を構造として見ていくと、
まったく別の輪郭が浮かび上がります。

かぐや姫は、
夢の話でも
恋愛の話でも
ファンタジーでもありません。
この物語の核心は、
才能・美・特別性は、この世界に留まってはいけない
という強烈な無意識暗示にあります。
本稿では、かぐや姫という物語に仕込まれた暗示を丁寧に分解し、
それがどのように判断力や自己認識に影響を与えてきたのかを解説します。
善悪の話ではありません。
文化批判でもありません。
無意識に何が刷り込まれているのか。
その構造の話です。
 
まず注目すべきは、かぐや姫の出自です。
かぐや姫は、
人間の子として生まれていません。
竹の中から現れます。
親を持たず、
血筋もなく、
来歴もありません。
この設定は、無意識に次のメッセージを送ります。
特別な存在は、
この世界の延長線上には生まれない。
努力や成長の結果として現れるのではなく、
「外」から与えられる。
つまり、
特別さは自分の中から育てるものではなく、
最初から決まっているものだ、という暗示です。
この時点で、
自己決定や自己形成の余地はほとんどありません。
かぐや姫は、
人間社会の中で「育つ」存在ではなく、
一時的に「置かれている」存在として描かれます。
次に重要なのが、成長の速さです。
かぐや姫は、
異常な速度で成長します。
これは祝福として描かれますが、
暗示としては非常に特殊です。
人は通常、
時間をかけて学び、
失敗し、
選択しながら大人になります。
しかし、かぐや姫にはそのプロセスがありません。
努力も
葛藤も
判断も
すべて省略されています。
無意識はここで学びます。
本当に価値のあるものは、
苦労して手に入れるものではない。
選ばれた者だけが、
自然に持っているものだ。
これは、
才能や美しさに対して
距離を生む暗示です。
自分が努力して得たものは、
本物ではないのではないか。
どこかで
「回収されるのではないか」
という不安が生まれます。
次に、求婚者たちの扱いです。
多くの高貴な男性が現れます。
権力者。
知識人。
貴族。
しかし、誰一人として選ばれません。
かぐや姫は、
無理難題を与え、
全員を退けます。
ここで重要なのは、
恋愛の成否ではありません。
かぐや姫が
「選ぶ存在」として描かれている点です。
一見、主体的に見えます。
しかし実際には、
誰も選ばないことが
最初から決まっています。
なぜなら、
かぐや姫は
この世界に留まらないからです。
つまり、
人間関係に深く関わること自体が
否定されています。
無意識に残るメッセージはこうです。
本当に特別な存在は、
誰とも深く結ばれてはいけない。
愛されすぎてはいけない。
情を持ってはいけない。
これは、
才能を持つ人ほど
孤立しやすくなる構造を正当化します。
次に、天皇との関係です。
唯一、かぐや姫が心を動かされた相手。
それが天皇です。
しかし、この関係も成立しません。
身分や権力の問題ではありません。
理由は、
かぐや姫が月の存在だからです。
ここで物語は、
決定的な暗示を投げ込みます。
この世界で
どれほど理解され
どれほど愛されても
留まることは許されない。
才能や特別性は、
最終的に
この世界から回収される。
これは非常に強いメッセージです。
成功しても
評価されても
愛されても
最後には
失われる。
だから、
深く関わるな。
根を張るな。
期待するな。
この暗示は、
挑戦や成功そのものを否定するわけではありません。
しかし、
「長く持ち続けること」
「ここに居続けること」
に対して、
無意識のブレーキをかけます。
次に、月への帰還です。
月は、
清らかで
穢れのない世界として描かれます。
一方、地上は
煩悩と情の世界です。
かぐや姫は、
悲しみながらも
最終的に月へ帰ります。
ここで重要なのは、
かぐや姫の意思が
完全に尊重されていない点です。
彼女は帰りたくない。
しかし帰らなければならない。
つまり、
最終決定権は
本人にはありません。
無意識はこう学びます。
どれほど強く望んでも、
自分では決められないことがある。
大きな流れには逆らえない。
これは、
運命論的な暗示です。
自分の人生は
自分で選んでいるようで
実は選ばされている。
この感覚は、
判断力を内側ではなく
外側に固定します。
最後に、最も象徴的なのが
「不死の薬」です。
天皇は
かぐや姫から不死の薬を渡されます。
しかし、それを飲まず
燃やしてしまいます。
ここでの暗示は非常に明確です。
永続性を求めるな。
生き続けようとするな。
特別な力を持ち続けるな。
不死ですら
拒否されます。
これは、
「持ち続けること」
「残り続けること」
そのものの否定です。
無意識に刻まれるのは、
こうした感覚です。
永く在るものは危険。
残るものは異質。
消えるものが美しい。
これは、
儚さを美徳に変換する
非常に洗練された暗示構造です。
 

かぐや姫に仕込まれている暗示を整理すると、次のようになります

特別な存在は、この世界に属さない。
才能や美しさは、回収される。
努力や選択は、価値の本質ではない。
深い関係性は、特別性を損なう。
成功しても、留まってはいけない。
最終的な決定権は、自分にない。
永続性を求めることは、否定される。
これらはすべて、
才能・成功・特別性を「一時的なもの」にする暗示構造です。
かぐや姫は、
美しい物語です。
しかし同時に、
非常に強力な無意識の設計図でもあります。
この話を否定する必要はありません。
大切なのは、
構造を知ることです。
構造を知ったとき、
私たちは初めて
「なぜ自分はブレーキを踏むのか」
に気づくことができます。
かぐや姫は、
過去の物語ではありません。
今もなお、
私たちの無意識の中で
静かに作用し続けている物語です。