催眠術師の私から見たバカの壁という本
今回取り上げるのは、**バカの壁**です。
この本は、脳科学者である養老孟司氏が「人はなぜ話が通じないのか」「なぜ分かり合えないのか」という問いを、非常に平易な言葉で説明した一冊です。社会現象になるほど読まれましたが、催眠術師の立場から読むと、この本は単なる社会批評でも思想書でもなく、人間の無意識構造をこれほど正確に言語化した本は珍しい、と感じます。
「バカの壁」という刺激的なタイトルから、知性の問題や能力の話だと思われがちですが、この本が扱っているのは頭の良し悪しではありません。むしろ、人がどのように世界を認識し、どこまでしか受け取れないのか、その限界の構造を示しています。催眠術の現場では、この「受け取れなさ」こそが、変化を妨げる最大の要因になります。
養老氏が言う「壁」とは、自分が見ている世界がすべてだと思い込んでいる状態です。人は、事実を見ているつもりでいますが、実際には自分の脳が処理できる範囲の情報しか見ていません。そしてその範囲の外にあるものを、無意識のうちに切り捨てています。これがバカの壁です。
催眠術師の視点で言い換えるなら、バカの壁とは「無意識が採用している前提の境界線」です。自分にとって理解可能なものだけを現実として扱い、それ以外を最初から存在しないものとして処理してしまう。この状態では、どれだけ説明されても、どれだけ正しいことを言われても、情報は入ってきません。なぜなら、壁の外にあるからです。
催眠術の現場でも同じことが起きます。
ある人には簡単に入る暗示が、別の人にはまったく入らない。その違いは感受性や素質ではなく、「その暗示を受け取れる前提があるかどうか」です。バカの壁が厚い状態では、変化の入り口そのものが見えません。
養老氏は、この壁を「知識」や「常識」が作ると指摘します。人は知っていることが増えるほど、世界が分かった気になります。しかし同時に、「これ以外はありえない」という枠を強化してしまう。催眠術師の立場から見ると、これは非常に危険な状態です。なぜなら、無意識が新しい選択肢を拒否し始めるからです。
多くの人が「分かっているのに変われない」と悩みます。
その正体は、能力不足ではありません。行動力の問題でもありません。無意識の前提が固まりすぎていて、別の見方がそもそも見えないだけです。バカの壁は、無知の問題ではなく、固定化の問題です。
この本が面白いのは、バカの壁を壊そうとはしていない点です。養老氏は、壁をなくせとも、みんなで分かり合えとも言いません。人間には壁があり、それを前提に生きている、と淡々と述べます。催眠術の現場でも同じです。無意識の前提を無理に壊そうとすると、強い抵抗が生まれます。抵抗が出ると、かえって壁は厚くなります。
では、どうすればいいのか。養老氏が示唆しているのは、「壁があることを知る」という態度です。自分が見えていないものがある。自分の理解は限定的だ。その前提に立つだけで、壁は少し柔らかくなります。催眠術でも、変化が起きる瞬間はいつもここです。「自分は全部分かっている」という姿勢が緩んだとき、無意識は新しい情報を受け取り始めます。
バカの壁がある状態では、人は対立しやすくなります。自分の見ている世界が唯一の現実だと思っているため、違う意見は間違いに見える。すると、説得しようとするか、排除しようとするか、どちらかになります。この構造は、個人の人間関係から社会全体まで、あらゆるレベルで見られます。
催眠術師の立場から見ると、対立が激しい場ほど、無意識は硬直しています。
硬直した無意識には、言葉も論理も届きません。だからこそ、養老氏の「分かり合えないことを前提にする」という姿勢は、非常に現実的です。無理に分かり合おうとしない。違いがあることを前提に距離を取る。この距離感が、結果として摩擦を減らします。
また、この本は「身体感覚」の重要性にも触れています。現代人は頭で考えすぎ、身体を通した実感を失っている。その結果、現実とのズレが広がる。催眠術でも、深い変化が起きるときは、必ず身体感覚が変わります。思考だけで変わることはほとんどありません。バカの壁が厚い人ほど、頭の中で完結し、身体の反応を無視します。
「現実感の喪失」は、催眠術師から見ても非常に重要な指摘です。
現実感が薄れると、人は極端な考えに傾きやすくなります。白か黒か、正しいか間違いか。その単純化が、さらに壁を厚くします。催眠術では、現実感を取り戻すことが、変化の第一歩になります。
バカの壁は、壊すものではありません。誰にでもあり、完全になくなることもありません。しかし、その存在を知り、自分がどこまでしか見えていないのかを自覚することで、壁は「絶対的な境界」ではなくなります。透けて見えるようになります。この状態が、催眠術で言うところの柔軟な無意識です。
催眠術師としての結論は明確です。
バカの壁は、愚かさの証明ではありません。
人間であることの構造です。
そして、この構造を理解しない限り、人は本当の意味で変わることも、他者と適切な距離で関わることもできません。バカの壁は、壊すべき敵ではなく、自分の認識の限界を教えてくれる指標です。
養老孟司のバカの壁は、読む人を賢くする本ではありません。自分がどれほど限定された世界を生きているかに気づかせる本です。その気づきこそが、無意識を柔らかくし、変化の余地を生み出します。
催眠術の現場で起きる静かな変化と、この本が示す世界観は、驚くほどよく一致しています。だからこそ、バカの壁は、催眠術師の視点で読むと、極めて実践的な名著だと感じます。