催眠術師の私から見た嫌われる勇気という本
今回取り上げるのは、**嫌われる勇気**です。
この本は、アドラー心理学を対話形式で解説した一冊として、日本で大きな反響を呼びました。
一見すると、自己啓発書や心理学入門書のように読まれがちですが、催眠術師の立場から見ると、この本が扱っている本質はまったく別のところにあります。
それは、
人はなぜ変われないのか。
人はなぜ苦しみ続けるのか。
そして、なぜ「分かっているのにやめられない」のか。
この問いに対して、嫌われる勇気は、思考の正しさではなく、無意識の前提というレベルで答えを出しています。
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嫌われる勇気は性格改善の本ではない
多くの人は、この本を
「自分を強くする本」
「人の目を気にしないための本」
として読みます。
しかし催眠術師の視点から見ると、嫌われる勇気は性格を変える本ではありません。
むしろ、性格というものがどのように作られているかを説明している本です。
催眠の現場では、
人の性格とは固定されたものではなく、
無意識が採用している「役割」と「目的」の集合だと捉えます。
嫌われる勇気が一貫して主張する
「人は変われる」
という言葉は、根性論ではありません。
無意識が採用している前提が変われば、
行動も、感情も、対人関係も変わる。
その構造を説明しているのが、この本です。
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トラウマ否定は何を意味しているのか
嫌われる勇気の中で、特に議論を呼んだのが
「トラウマは存在しない」
という主張です。
これを聞いて、
過去のつらい体験を否定されたと感じる人もいます。
しかし催眠術師の視点では、この言葉は過去を軽視しているのではありません。
むしろ、現在の無意識の使い方に焦点を当てています。
催眠術では、過去の出来事そのものよりも、
その出来事にどんな意味づけがされ、
今もどのように再生されているかが重要です。
嫌われる勇気が言っているのは、
人は過去に縛られているのではなく、
今の目的に合う形で過去を使っている
ということです。
これは催眠の現場で非常によく見られる現象です。
同じ体験をしても、
それを「前に進む理由」に使う人と、
「動かない理由」に使う人がいます。
違いは体験ではなく、
無意識が採用している目的です。
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目的論という催眠的な発想
嫌われる勇気の核となる考え方が「目的論」です。
人は原因で動いているのではなく、目的で動いている。
催眠術師の立場から見ると、これは非常に実務的な考え方です。
人は
怒ってしまうから怒るのではありません。
不安だから動けないのでもありません。
怒ることで距離を保ちたい。
不安でいることで挑戦しなくて済む。
無意識が、今の状態を維持するために、
感情や反応を選んでいる。
これは催眠状態で人が示す反応とまったく同じです。
無意識は常に、
「今の自分にとって都合のいい状態」を守ろうとします。
嫌われる勇気は、
この無意識の目的設定に気づけ、と言っています。
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課題の分離は暗示を切る技術
嫌われる勇気で最も実践的な概念が
「課題の分離」です。
他人の評価は他人の課題。
自分の行動は自分の課題。
この考え方は、倫理論や人間関係論として語られがちですが、
催眠術師の視点では、暗示の遮断技術として読めます。
多くの人は、
他人の感情や評価を自分の責任だと無意識に引き受けています。
これは、
「嫌われてはいけない」
「期待に応えなければならない」
という暗示が、深く入っている状態です。
課題の分離とは、
その暗示を無効化するための明確な境界線を引く行為です。
この境界が引けた瞬間、
人は驚くほど楽になります。
それは状況が変わったからではありません。
無意識の責任範囲が変わったからです。
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共同体感覚と催眠的所属
嫌われる勇気では、
最終的なゴールとして
「共同体感覚」が語られます。
これは、
みんなと仲良くしよう
という話ではありません。
催眠術師の視点から見ると、
共同体感覚とは
「無意識がどこに所属していると感じているか」
というテーマです。
人は、
どこにも属していないと感じると、
強い不安を抱きます。
その不安を埋めるために、
承認を求め、
評価を求め、
嫌われない行動を選び続けます。
嫌われる勇気が示す共同体感覚は、
評価や比較を前提にしない所属です。
存在していていい。
役に立っていなくてもいい。
この前提が無意識に入ると、
人は他人の反応に過剰に反応しなくなります。
これは深い催眠状態で見られる
「安心して場にいる感覚」と非常によく似ています。
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なぜ実践が難しいのか
嫌われる勇気は、
頭では理解できるが、
実践が難しい本だと言われます。
理由は明確です。
この本が求めている変化は、
行動レベルではなく、
無意識の前提レベルだからです。
嫌われないようにしてきた人は、
それが生存戦略でした。
その戦略を手放すことは、
無意識にとっては危険に見えます。
だから抵抗が出る。
不安が出る。
元に戻ろうとする。
これは失敗ではありません。
変化の過程で必ず起きる反応です。
催眠術でも同じです。
深い変化ほど、最初に揺り戻しが起きます。
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催眠術師としての結論
嫌われる勇気は、
勇気を出して嫌われろ、という本ではありません。
自分がどんな前提で人と関わり、
どんな無意識の目的で感情を使っているのか。
そこに気づくための本です。
催眠術師の立場から見れば、
この本は
非常に洗練された
自己暗示の解除マニュアルです。
人を縛っているのは、
他人ではありません。
環境でもありません。
無意識に入った前提です。
嫌われる勇気は、
その前提を疑い、
別の選択肢を提示してくれます。
静かに、
しかし確実に、
人の在り方を変える力を持った一冊だと感じます。