催眠術師の視点で読む
無能唱元 人蕩し術の正体
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無能唱元の人蕩し術は、
いわゆる話術本でも、
人を操作するためのテクニック集でもありません。
読み進めるほどに、
これは
人間関係の技法ではなく、
人の無意識構造そのものを扱った本だと分かってきます。
私は普段、
催眠術という技術を使って、
人の無意識に直接触れる仕事をしています。
その立場から見ると、
人蕩し術は
驚くほど催眠術と同じ地平に立っています。
言葉は違いますが、
扱っているものは
ほぼ同じです。
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阿頼耶識とは何か
本書の中心にあるのが
阿頼耶識という概念です。
難しい言葉に見えますが、
実際に指しているものは
非常にシンプルです。
自分でも気づいていない
思考の癖。
価値観の前提。
世界の見え方の土台。
それらが
蓄積されている場所。
催眠術師の言葉で言えば、
阿頼耶識とは
固定化された自己暗示の集合体です。
人は
その場で考えて行動しているように見えて、
実際には
この前提に従って
自動的に反応しています。
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人蕩し術は話し方の本ではない
タイトルから
会話テクニックを想像する人も多いと思います。
しかし、
この本で一貫して語られているのは、
話し方より前の部分です。
姿勢。
余裕。
間。
気配。
在り方。
催眠術でも同じです。
言葉は
最後に乗ってくるものであり、
それ以前に
相手の無意識が
安心するかどうかが決まります。
人蕩しとは、
相手を説得することではありません。
相手の無意識が
警戒を解く状態を
自然に作ることです。
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好奇心という催眠スイッチ
本書では
好奇心が繰り返し重視されます。
これは
非常に催眠的な発想です。
人は
好奇心を感じた瞬間、
注意を自発的に集中させます。
強制ではありません。
命令でもありません。
勝手に
意識が向いてしまう。
これが
最も抵抗の少ない
誘導の入り口です。
人蕩し術が
押さずに引く構造を持っている理由は、
ここにあります。
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秘密と余白の力
この本では
すべてを語らないことが
重要だとされています。
これは
情報をケチるという意味ではありません。
余白を残すということです。
余白があると、
人は無意識に
そこを埋めようとします。
この
自分で埋める行為そのものが
強力な自己暗示になります。
相手が
自分の中で意味づけた内容は、
こちらが与えた言葉より
はるかに深く残ります。
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未来をイメージさせる理由
人蕩し術では、
未来を思い描くことが
重要視されます。
これは
希望を持て
という精神論ではありません。
催眠術では、
未来を臨場感をもって想像させることで、
現在の行動が
自然に変わります。
努力しよう
と決める必要はありません。
気づいたら
そう動いている。
この状態を作るための
設計です。
代理想像という考え方も、
自分でイメージできない人が
型を借りて
臨場感を作るための方法です。
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人蕩しが効かなくなるとき
本書は
万能感を煽りません。
むしろ、
効かなくなる条件を
きちんと書いています。
催眠術でも同じです。
効かなくなる最大の原因は、
相手ではありません。
術者側の
不足感です。
焦り。
承認欲求。
奪おうとする気配。
これが出た瞬間、
どんな技術も
逆効果になります。
人は
言葉ではなく
空気に反応するからです。
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豊かさを先に整える理由
人蕩し術が
最初に求めているのは、
自分自身の状態です。
すでに満ちている。
足りている。
奪う必要がない。
この前提が
無意識に入ると、
相手を操作しようとしなくなります。
結果として、
相手が
安心して心を開きます。
催眠術師にとって、
これは基本中の基本です。
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技法より在り方
後半で語られる
人生の遊行者
主体性
陽転思考
といった言葉は、
技術論ではありません。
術者の在り方の話です。
催眠術でも、
最後に効くのは
技法ではなく
術者の状態です。
場にいるだけで
空気が変わる。
その人がいると
緊張が解ける。
人蕩しとは、
その状態を
意図的に育てるための
思想書だと整理できます。
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催眠術師としての結論
人蕩し術は、
人を操るための本ではありません。
相手の無意識に
安全な場を作り、
自発性を引き出すための本です。
阿頼耶識という言葉を使っていますが、
実務的に見れば、
注意の向き
余白の設計
未来の臨場感
不足感の鎮静
主体性の保持
この五つに集約されます。
催眠術師の目から見て、
これは
極めて完成度の高い
無意識の取扱説明書です。
派手ではありません。
即効性を謳いません。
しかし、
静かに
人の在り方を変えていく。
だからこそ、
今も読み継がれているのだと感じます。