催眠術が効かない人を作り出しているのは誰か
催眠術が効かない。かからない。自分は向いていない。
こうした言葉は、催眠術に少しでも触れたことのある人なら、一度は耳にしたことがあるはずです。そして多くの場合、その原因は本人の資質や性格、警戒心の強さ、理屈っぽさなどに求められます。しかし現場に長く立ち続けていると、この説明ではどうしても説明しきれない違和感が残ります。なぜなら、最初から「効かない人」として来る人はほとんどいないからです。
では、催眠術が効かない人は、どこで生まれるのか。結論から言えば、多くの場合それは体験の前後で作られています。しかも、その多くは悪意ではなく、善意と配慮の結果として生まれています。
まず大きな要因のひとつが、催眠術にまつわる情報の伝え方です。かかりたくないものはかからない。意識はなくならない。自分でコントロールしている。やりたくないことはしない。これらはすべて正しい説明であり、倫理的にも必要な前提です。しかし、これらが体験の入口で強調されすぎると、無意識は別の受け取り方をします。
無意識は言葉を意味としてではなく、方向性として処理します。自分で管理する。意識を保つ。制御する。これらのキーワードが重なると、「深く委ねないように」という制御暗示として働くことがあります。その結果、体験そのものは起きていても、「これは催眠ではない」「普通の状態だ」という自己評価が生まれます。ここで最初の「効かない」というラベルが貼られます。
次に大きいのが、比較と期待です。催眠術はテレビや動画、噂話によって、非常に派手なイメージを持たれています。倒れる。動けなくなる。人格が変わる。こうしたイメージを持ったまま体験に入ると、現実の静かな変化はすべて「失敗」に見えてしまいます。このギャップを埋めるために、説明が増えます。しかし説明が増えるほど、意識は外側に向かい、体験は浅くなります。そして本人は「やっぱり効かなかった」と結論づけます。
この時点で、催眠術が効かない人が一人、完成します。重要なのは、その人の無意識は反応しているにもかかわらず、評価の基準が合っていないだけだという点です。しかし一度「効かない」という自己定義ができると、それ自体が強力な暗示になります。次に同じ体験をしても、無意識はその定義を再現し続けます。
さらに、催眠術師側の構造も見逃せません。現場では、分かりやすい反応が出る人ほど「成功例」として語られます。逆に、静かな変化しか起きなかった人、本人が「よく分からなかった」と言ったケースは、あまり語られません。この偏りが、「催眠とはこういうものだ」というイメージを固定化します。その結果、派手な反応が出なかった人は、自分を失敗例だと認識しやすくなります。
また、催眠術師自身が無意識に持っている期待も影響します。今日はうまくいくだろうか。反応が出なかったらどうしよう。そうした焦りは、言葉にしなくても空気として伝わります。相手はそれを感じ取り、「期待に応えられていない自分」という立場に立ってしまいます。この瞬間、体験は評価の場に変わり、無意識は防御に回ります。
教育や説明の場でも、同じ構造が起きます。催眠術を学ぶ側に対して、「この通りにやれば必ずかかる」「誰でもできる」と伝えすぎると、うまくいかなかったときの逃げ場がなくなります。その結果、「効かない人」という概念が、本人の中にも、教える側の中にも強化されていきます。
ここまで見ると分かるように、催眠術が効かない人を作り出しているのは、特定の誰かではありません。情報の出し方。説明の順番。期待の置き方。成功例の語られ方。これらが重なった構造そのものです。そしてその構造は、多くの場合「安心させたい」「誤解されたくない」「失敗したくない」という善意から生まれています。
本来、催眠術は非常に地味な現象です。意識はあります。会話もできます。自分で考えている感覚もあります。その中で、注意の向きや反応の癖が少し変わるだけです。この「少し」を正しく扱えないと、人は簡単に自分を「効かない側」に分類してしまいます。
では、どうすればこの連鎖を断ち切れるのか。答えはシンプルです。効いたかどうかを急いで決めないこと。派手さを基準にしないこと。説明でコントロールしようとしないこと。そして、変化が小さいことを失敗扱いしないことです。
催眠術が効かない人は、生まれつき存在するのではありません。体験の中で、言葉と評価によって作られていきます。その構造に気づいたとき、催眠術師の役割は「効かせる人」から、「効かない人を作らない人」へと変わります。そこから先にこそ、本当の深さがあります。