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催眠術は説明すればするほど浅くなる

安心させようと思うと催眠が浅くなる

善意が作用を打ち消すパラドックス

この感覚は、実際に現場に立ち、何人もの人と向き合ってきた催眠術師ほど、途中で必ずぶつかる壁です。理屈としては正しいことを言っている。配慮もしている。相手を安心させたいという善意もある。それなのに、なぜか深さが出ない。なぜか「分かっているけど何も起きない」という反応が増えていく。この違和感の正体を、言葉にできずに悩む人は少なくありません。
多くの催眠術師が、催眠を始める前にこうした説明をします。かかりたくないものはかかりません。意識がなくなることはありません。自分でコントロールできます。やりたくないことはやりません。これらはすべて事実ですし、倫理的にも正しい説明です。しかし問題は、その内容ではありません。その説明が、いつ、どの文脈で、どんな状態の相手に向けて行われているかです。
 
催眠を受けに来る人の多くは、最初から深い状態を想定しています。意識が変わる。何か特別な感覚が起きる。普段とは違う自分になる。そうしたイメージを、良くも悪くも抱えています。その状態で「意識はなくなりません」「自分で全部コントロールしています」と繰り返し説明されると、無意識はどう反応するでしょうか。
 
無意識は、言葉を意味ではなく方向性として受け取ります。意識は保ったままです。自分で管理してください。勝手に深く入らないでください。こうしたメッセージが、説明の意図とは逆に、ブレーキとして入ってしまうことがあります。深い催眠を想定している人にとっては、「そこまで行かないように」という制御の暗示として働く場合があるのです。
 
ここで重要なのは、説明そのものが悪いのではない、という点です。問題は、説明が体験の前に入りすぎることです。催眠とは、理解してから入るものではありません。入ってから理解が追いつく現象です。にもかかわらず、最初から理解させようとすると、意識が前に出ます。意識が前に出るほど、無意識は静かになります。これは技術以前の、人の反応の構造です。
 
安心させたいという思いが強い催眠術師ほど、説明が丁寧になります。相手を怖がらせたくない。誤解されたくない。トラブルを避けたい。その気持ちは非常に真っ当です。ただ、その優しさが「深くならない方向」へ無意識を誘導してしまうことがある。この矛盾に気づけるかどうかが、ひとつの分岐点になります。
 
実際、深く入る人ほど、事前説明をほとんど覚えていません。聞いてはいますが、意味として保持していません。説明よりも、空気や間、声のトーン、沈黙の質を受け取っています。逆に、説明を細かく覚えている人ほど、体験中も頭が動き続けます。今の状態は正しいか。これは言われた通りか。想定と合っているか。こうした評価が始まると、深さは自然と止まります。
 
「かかりたくないものはかからない」という説明も、非常に象徴的です。これは安全宣言としては正しいですが、無意識にとっては「かからないという選択肢が常に優先される」という暗示になります。深く入るというのは、一時的に選択を脇に置くことでもあります。その直前に「選択し続けてください」と強調されると、ブレーキがかかるのは自然な反応です。
 
また、「意識はなくなりません」という言葉も、想定によって作用が変わります。もともと意識がなくなることを怖がっている人には安心になります。しかし、深い変性意識を期待している人には、「そこまで行かない」という制限になります。ここに一律の正解はありません。問題は、説明が相手の想定を上書きしてしまうことです。
 
催眠が深まるとき、人は「どうなるか分からない」という余白を持っています。この余白が、無意識の入口です。説明を重ねすぎると、その余白が埋まります。分かったつもりになる。理解したつもりになる。その瞬間、変化は止まります。これは催眠に限らず、あらゆる内的変化に共通する構造です。
 
では、説明をしない方がいいのかというと、そうではありません。説明は必要です。ただし、説明は安全のために最低限行い、体験の設計は別で行うという意識が重要になります。すべてを言葉で安心させようとしない。体験そのものが安全だと、無意識が感じられる構造を作る。その方が、結果的に安心は深くなります。
 
多くの熟練した催眠術師は、説明を削っていきます。削ると言っても、不誠実になるわけではありません。説明の量ではなく、説明の位置を変えます。最初に全部言わない。必要になったときに補足する。体験の後に言語化する。この順番に変えるだけで、深さは大きく変わります。
 
「安心させようとして浅くしてしまっていたかもしれない」という気づきは、決して失敗ではありません。むしろ、現場に立ち続けているからこそ出てくる感覚です。この違和感を言語化できた時点で、催眠術師としては一段階進んでいます。
 
催眠術は、説明の技術ではありません。環境の設計です。何を言うかよりも、何を言わないか。どこで余白を残すか。どこで無意識に委ねるか。その判断の積み重ねが、深さを作ります。
 
説明すればするほど浅くなる。この言葉は、催眠術を雑に扱っているという意味ではありません。むしろ、人の無意識を尊重し始めた証拠です。説明でコントロールする段階を越え、体験そのものに任せる。その地点に立ったとき、催眠は初めて自然な深さを持ち始めます。